北米の小さな町アマストで、白いドレスを着て
美しい自然につつまれた屋敷から出ることなく
無名のうちに亡くなったエミリ・ディキンスン。
死後、部屋から1800篇近くの詩が発見されて
今や、世界の多くの芸術家に影響を与えている。


1886年、北米マサチューセッツ州の小さな町アマストで、ラヴィニア・ディキンスンは整理ダンスの引出から、清書されて46束にまとめられた1800篇近くに及ぶ詩稿を発見した。それらは亡くなった姉エミリのものだった――。
「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」は、アメリカを代表する女性詩人エミリ・ディキンスン(1830-1886)のベールに包まれた半生を描いた作品である。エミリは清教徒主義の影響を受けるアメリカ東部の上流階級で生まれ育ったが、やがて後に伝説となる、白いドレス姿で屋敷から出ることなく、孤独な生活を送るようになり、数多くの詩を書き残した。

彼女の詩は、自然や信仰、愛や死をテーマに、繊細な感性と深い思索のなかで記されたものだ。その独特のスタイルからは詩作への強い信念が感じられる。エミリは生前に評価されることは、ほとんどなかったが、いまや文芸にとどまらず、多くの芸術家に影響を与えている。武満徹は詩から着想をえて「そして、それが風であることを知った」を作曲し、サイモン&ガーファンクルは彼女にまつわる歌「エミリー・エミリー」「夢の中の世界」をアルバムに収め、ターシャ・テューダーは「まぶしい庭へ」で挿絵を手がけたほか、チャールズ・シュルツの漫画「スヌーピー」の題材にもされた。またウディ・アレンはエミリのファンで、著書の短編集のタイトル「羽根むしられて」は、エミリの詩の一節、“希望は心の中に留まる羽根のあるもの”(新倉俊一訳)と照応していると語っている。

本作は、エミリ・ディキンスンという偉大な詩人に捧げられたオマージュである。撮影はアマストにあるエミリが実際に暮らした屋敷とスタジオで行われ、約20篇の彼女の詩を織り込み、彼女のかたくななまでに思いを秘めた少女時代から、詩作を心の拠りどころにした晩年から死までを、敬愛の思いをこめて描いている。人生と死、そして永遠を真正面から見つめつづる孤独な魂の姿は、リアルなまでに見る者の琴線にふれるだろう。

監督は、「遠い声、静かな暮し」(1988)のイギリスの名匠テレンス・デイヴィス。寡作ではあるが、その誠実な作りにファンは多い。「ディキンスンは死後に評価されましたが、それは不当です。彼女は真に偉大な芸術家であり、永遠に賞賛されるべき人です」と語っている。主人公エミリを演じるのは、ベテラン女優のシンシア・ニクソン。7年にわたって放送された人気テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のミランダ役でエミー賞助演女優賞を受賞している。シンシアはエミリ・ディキンスンの熱心な愛読者でもあり、難しい役柄に果敢に挑み、大きな評価を得た。